小暮久也先生の新作「神話の森の散歩道」

この作品に ちょっとだけ わたしと次女が参加というか協力しています。
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小暮久也先生の新作「神話の森の散歩道」
は、深い霧に閉ざされた縄文の異界にとつながっていた。流血を避ける為の、苦悩の決断。
それが猿田彦大神による日本列島の国譲りだったと説く語り部「無口(小暮 久也)」。
神話の世界に射した新しい光の中から平和を祈る祖先の声が聞こえてくる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小暮 久也
1934年埼玉県生まれ、内科医、神経内科医。1962年東京慈恵会医科大学卒業後渡米。1978年マイアミ大学教授、1980年東北大学教授、1998年から郷里で家業を継ぎ、村の医者として多忙な毎日を送っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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登録情報
単行本: 227ページ
出版社: 創英社/三省堂書店 (2011/04)
ISBN-10: 4881425129
ISBN-13: 978-4881425121
発売日: 2011/04



猿田彦について、新しい解釈がおもしろい作品です。

この時代と明治維新のころの対比がおもしろい。

おすすめの一作。



神経内科医・小暮久也氏 毎日新聞 2008年3月13日の記事より


先生のことが、毎日新聞に載ってました。
その記事より・・・・・・

人・さいたま:神経内科医・小暮久也さん /埼玉

米国での研究故郷で生かす

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 ネギ畑に囲まれた医院の駐車場には、新潟、仙台、川崎など県外ナンバーの車も目立つ。深谷市中瀬の医院を97年に継ぎ、脳梗塞(こうそく)の患者だけでも年間2000人近くが来院する。対話を重視し、患者一人一人に多くの診療時間を割く。忙しい日々を「夕方になったら死んだも同然。だけど、朝日とともに生き返るんです」と語る豪快さは年齢を感じさせない。

 大学時代、見ることも触ることもできない「脳」に興味を持った。62年の卒業と同時に臨床神経医学を本格的に学ぶため渡米。マイアミに15年間滞在し、日本では当時実用化されていなかったMRI(磁気共鳴画像化装置)の研究にも携わった。

 「生まれ育った場所に帰ってくるのは当然じゃないですか」。研究を終えた時、マイアミにとどまるよう勧められたが「聞く耳を持たなかった」という。ふるさとの医学の質を高めたいと、医院を継いだ際に国内に数台しかなかったMRIを導入した。

 「目の前にいるのは病気ではなく人間」。患者に安心してもらえるような人間関係の構築を常に心がけ、年に4回は国内外の専門誌に研究を発表している。「発信し共有することで医学は進歩する」。多くの教え子とともに今日も忙しい日が始まる。【町田結子】

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 ■人物略歴

 ◇こぐれ・きゅうや

 深谷市在住。73歳。慈恵医大卒業後、渡米。78年にマイアミ大医学部神経内科教授、80年に東北大医学部神経内科教授。97年から小暮医院理事長。

毎日新聞 2008年3月13日

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マイアミ大で教授、東北大で教授。そんなえらい先生なのに、私を、山登りなど誘ってくれます。
小暮先生から 「その竹とんぼ 特許申請しておいたほうが いいよ。」と、言われなければ
「ブーメラン竹とんぼ」は、世に出なかった。先生が、面白がってくれなければ、こんなにこだわらなかったに違いない。


そして、小暮先生は、熊谷高校の先輩として、映画「サイタマノラッパー」でも
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協力してくれてます。

我々の よき理解者なんです。







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by fp-nakajima | 2011-06-19 08:40